格安の葬儀を上手に利用する

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私の母は、私が20歳の時に40代で亡くなりました。
とても元気で明るく、友達がたくさんいる人で、娘の私が言うのも変ですが、人から好かれる人気者でした。


なにかみんなで集まるとなるとすぐに母が呼ばれ、私も一緒についていくと、お酒が飲めない母なのですが、まったく酔っ払いと同じテンションで盛り上がります。

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歌も上手でいつもリクエストされては歌っていました。

そんな母でしたので、亡くなった時は本当に多くの方に葬儀に参列していただき、とても有難かったです。

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なぜか母は元気なうちから、自分が死んだら葬儀の時はこうしてほしいとか、お金がかかって申し訳ないけれど必ず金ぴかの霊柩車に乗せて欲しいとか、好きなアーティストと一緒に撮った写真は美人に写っているから遺影にしてほしいとか、いろいろとリクエストがありました。母は小さいころに1度、学生の頃に1度生死をさまようようなことがあったそうで、それで死ということを身近に感じていたようです。

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まだまだ母は元気でいるものと思い込んでいた私は、何言ってるんだかと聞き流していました。亡くなる2か月前にお腹が痛くて病院にいったところ、肝臓と膵臓の末期癌だということがわかりました。
肝臓は全体的に転移していて、手術をするのは無理でした。

せめて残された時間一緒に過ごそうと思い、私は仕事を辞めまて看病しました。


母が亡くなったのは初雪の夜でした。友引が入り、お通夜の前に1晩一緒に過ごせる時間ができました。

母は自分の生まれ育った実家に寝かせてもらい、そこにたくさんの人が来てくれました。
みんな生前と同じように声をかけて頬をなでて、隣に寝そべって泣き笑いをしながら写真を撮っていました。

葬儀の時も母のリクエストは皆さんのおかげですべて叶えてもらい、葬儀場から出棺になる際には、母の歌声を流してもらい、葬儀に参列してくださった方々も、母を想って泣いてくださいました。

皮肉なことに母の葬儀で母の偉大さをあらためて知りました。
その後も私は母を大切にしてくださった方々を忘れないように交流をさせていただいています。


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